第七回 小野雅裕さん 【工学部航空宇宙工学科卒 アメリカ・マサチューセッツ工科大学大学院博士課程留学中】
.jpg)
小野さん。MIT前のチャールズ川にて。
――留学先の大学、専攻について教えてください。
2005年3月に学部を卒業した後、東大院にしばらく在籍した後に休学して、同年9月にマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院の航空宇宙工学専攻に進学しました。大学院では専門の授業を履修し、教授について教授の研究のサポートをしています。現在は無人システムの自動制御に関する研究に取り組んでいます。この研究のゴールは、不確定性がある環境下での最適制御アルゴリズムを開発し、航空機・宇宙きの信頼性向上や建物の省エネ化に貢献することです。また、副専攻として技術政策プログラムの授業も受講しています。このコースを専攻した目的は、政策の観点から宇宙と社会を繋げ、社会にはどのような形で具体的に貢献できるか探るためです。ここの学生達はわざわざ副専攻を持つくらいあって将来の目標が明確でした。貧困問題を解決したい人や乳がんの研究に強い関心も持つ人など様々なタイプの人達に出会い、多くの刺激を受けました。
――アメリカの大学院過程に応募する際に必要な準備はどのようなものでしたか。
提出した主な書類はTOEFLスコア、GREスコア、GPA(※)、推薦状3枚、エッセイです。実はTOEFLは最初の受験で足切り点のCBT250点をクリア出来ず、書類提出締め切りギリギリの最後の受験でスコアを直接MITに郵送しました。結果は253点で何とか基準を満たすことが出来ました。推薦状は研究室の指導教員と学科内の教授、それから研究室のプロジェクトでお世話になった国立天文台の先生に書いていただきました。オンラインでのアプリケーション提出時の注意点ですが、推薦状を閲覧する権利を”waive”(訳:放棄する)するかどうか問われることがあります。推薦状を書いてくれた方々との信頼関係を示すためにここでは必ず”YES”を選択してください。
英語の勉強としては、人気海外ドラマ・フレンズをスクリプト確認しながら各ストーリー20回は繰り返して見ました。それからまた、文学部の授業に潜りこんで出願用エッセイの書き方を学びました。
「TOEFLの点が足りないから」「英語が出来ないから」と留学をあきらめる人が多いようですが、それは大きな間違いです。合理主義のアメリカで、TOEFLやGREの点が少し足りないくらいで、教授が良い生徒を落とすはずはありません。(現にTOEFL/GREの点が足りなくても合格した例をたくさん知っています。僕自身も、技術政策英語プログラムへの出願時にはTOEFL、GREとも足りていませんでした。)また、たとえ英語が苦手でも、留学という目標を持つことで勉強を頑張るモチベーションが生まれるものです。
(※)GPA: Grade Point Averageの略。成績の平均。
――留学しようと思った動機を教えてください。
小さい頃から宇宙に興味があり、思い切ってNASA就職を目指し、その過程としてまずはアメリカの大学院を目標としました。同時に僕は学部時代に、漠然と東大への閉塞感を持ち、外へ飛び出そうという野望を抱いていました。そんな中、四つ上の先輩でMITへ留学してNASAのJPL(Jet Propulsion Laboratory:ジェット推進研究所)への就職を実現された方にお会いする機会があり、前例を確認できたことで自分自身の留学計画を具体化させることができました。また、今後の自分の将来を考えて色々な人に相談した時、大きな成功を遂げた人は、決まって自分のやりたいことを追及し労力と時間を惜しまないということに気づきました。そんな人達に影響されながら、本当に自分の挑戦したい留学という道を志すようになりました。
――現地で受けた授業の印象を教えてください。
正直、死ぬほど大変でした。特に毎回の授業のリーディングや宿題の量が半端なく多く、消化していく作業に時間を多く取られました。授業の内容レベルは東大の方が高いという印象を受けましたが、MITの授業はかなり丁寧で理解度が非常に深まりました。日本の授業は先生が一方的に板書をしていくのに比べ、MITでは先生が生徒とのインタラクションの中で生徒の理解度を把握し、それに合わせて授業をしてくれます。僕は、東大ではまわりの友人から頼られることが多かったのですが、MITでは逆でついていくのが精一杯でした。何度も自信を失いました。しかし、自分の頑張れるところは意地でもしっかり仕上げてやろうと、衛星設計のグループプロジェクトでは割り振られた仕事に全力で取り組みました。結果として、担当教員から”Despite the grammatical and spelling problems, this section is technically excellent.”と褒めていただいた時は最高に嬉しく、ここから自分に自信を取り戻していきました。
今では研究室に居場所があり、仲間達からも信頼されるようになりました。もう一度、あの大変な思いをしたいとは思いませんが、必要な経験だったと思います。留学当初から自分は東大では小さな世界の王様気分でいたことを思い知らされました。
それから、教授達は自分の研究室に優秀な学生を集めることに熱心でした。学生は研究室の運営を担うため、研究能力が高くリーダーシップのある学生を教授陣は欲するわけです。待っていれば毎年必ず決まった数の学生が配属されてくる日本の大学の研究室と違い、ここでは学生だけでなく教授も競争を強いられ、お互いが高め合える相乗効果が生まれていると思いました。

HackがイタズラしたGreat Dome。てっぺんには実物大消防車と運転手のマネキン。
――現地の雰囲気(大学、街、人々、娯楽など)はどうでしたか。
MITは勉学や研究以外にも非常に刺激に溢れる環境であることが特徴です。
イベント時などにはお茶目な学生達がアイデアに富んだ企画をします。例えば、イタズラ好きの学生達が集うHackというグループはMITのシンボルGreat Domeの上に仕掛けをして他の学生達を驚かせると同時に楽しませます。上の写真をよく見ると、ドームのてっぺんに消防車に乗せられています。これはHackの仕業です。スターウォーズが流行った頃には、このドームはR2-D2というおなじみのロボットにデコレーションされていました。
MITの寮は複数あり、それぞれがハリーポッターの寮のように特有の文化を持っています。入寮するにはセレクションがあり、勉強熱心な学生が集う寮やおふざけが大好きな学生が集まる寮など様々です。(注:これは学部生の寮の話です。大学院生の寮にはセレクションもなく、学部生ほど寮の間での文化の差異はありません。)
――留学前後で考え方やライフスタイルに違いがあれば教えてください。
専門とする宇宙開発に対する考え方が変わりました。幼い頃からの憧れで突き進んできましたが、社会との関わりを深く意識し、投資に見合うものを作り出していかなければならないと考えるようになりました。「ビジネス10年、産業100年、文明1000年」という言葉にある通り、後に文明と言われるほど社会に大きなインパクトを及ぼす技術開発を達成することが僕の目標です。
MITでの苦労経験はある意味、僕の人生の再スタートのような出来事でした。完全に失った自信を再構築する作業は、決して日本に留まっていては出来なかったと思います。僕の好きなスピーチのひとつにApple創始者のスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式で行ったものがあります。(※)まだまだ彼の苦労レベルに達したとは思いませんが、彼のように若い頃の挑戦的な経験から得たものを将来つなぎ合わせられるようになりたいです。また、僕の好きな言葉のひとつに”Sometimes the dreams you come with are not the dreams you leave with, but anyway they still rocks!!”(来たときに持っていた夢は、去るときに持っている夢とは違うかもしれない。それでも、夢を持つことはカッコいいんだ!!)というミュージカルRock of Agesに登場したものがあります。つらい時期を乗り越えるにはそれに勝る夢、強いモチベーションを持つことの大切さです。僕は、これを留学を通してより一層実感しました。
※スティーブ・ジョブズのスピーチ http://sago.livedoor.biz/archives/50251034.html
MIT友人で結成した駅伝チーム。チーム名はMost Incredible Team (MIT)。
――最後に東大生に向けて何かメッセージをお願いします。
バックパック旅行に行くことをおすすめします!日本に閉じこもっていては気づかないことが世界には山ほどあります。自分の足で世界を見に行く経験は必ず新しい知見を与え、それまでの世界観、価値観を変えてくれます。特に時間のある学生時代に、一歩踏み出す勇気を持って世界へ飛び込んでみましょう。
そして、日本が好きだからこそ日本に留まりたい、日本で働きたいという話をよく耳にしますが、僕は逆の行動を取るべきだと思います。実は外に出る日本人ほど日本のことを考えるようになります。事業仕分けで科学分野の予算が大幅に削減された際に立ち上がって反論したノーベル賞受賞者達の経歴を見ても、彼らは全員海外経験が豊富です。日本の将来を担うからこそ、一度離れたところから日本を見つめてみてください。
――ありがとうございました。
さらに詳しい留学体験や小野さんへ質問のある方は小野さんのブログをご覧ください。